はっぴいえんど について

以前に細野晴臣omni Sight Seeingがめっちゃ好きだと記した。
omni Sight Seeingは細野晴臣のアルバムで一番好き。
omni Sight Seeingを購入後、1990年にはOMNI SOUNDという書籍が発行されたので、これを購入した。
それを参考にYMOのアルバムを揃えていったし、細野晴臣エイプリル・フールからはじまる履歴を知ったと思う。
細野晴臣が、エイプリル・フールのあとに結成したのが はっぴいえんど
1990年代前半にアルバム はらいそより前の細野とか晴臣のアルバムを購入して聴いてみたのだけど、どうも私はあまり好きになれなかった。
アルバム HOSONO HOUSEも含めて。
あと、ティン・パン・アレーのアルバムも。
それで はっぴいえんど についてもあまり積極的に聴く気になれなかった。
おそらく、音楽的にはテクノ以降の細野晴臣が好きなんどろうな。
1993年には はっぴいえんど のボックス・セットがリリースされていて、売り場で眺めていたりしたのだけど結局買わなかったんだよなー。

はっぴいえんどのメンバーは、

細野晴臣 ベース
大瀧詠一 ギター
松本隆 ドラム
鈴木茂 ギター

ビートルズと同じく専任ヴォーカリストが不在で、基本的に曲の作曲者自身がその曲のヴォーカルを取る形式。
ライヴ時には細野晴臣に代わって大瀧詠一が歌っていた。
作曲者が歌う、というのは個人的に勝手にビートルズ式と呼称している。
曲によってはメンバーが揃っておらず、いないメンバーのパートの楽器もいるメンバーがこなす…というのもビートルズと同じか。
ローリング・ストーンズもそうだけど、曲によってはメンバー揃ってなくてもレコーディングして、バンド名義のアルバムに入れてしまう…というのなかなか慣れなかったな。

細野晴臣は中学時代からギターを弾いたりドラムを叩いたりしていた。
請われるままにバンド活動をしていたが、次第にバンドでは他の人がギターを弾きたがったので、ドラムやベースを担当した。
ひとりではピアノも弾いていた。

細野晴臣松本隆は1967年春に出会った。
原宿駅前の喫茶店で。
その前日、細野晴臣松本隆と名乗る男から電話で呼び出された。
この時、細野晴臣立教大学の二年生で、二十歳。
友人がやっていたビートルズのコピー・バンド、ドクターズに頼まれて、これまで弾いたことがなかったベースを弾きはじめてまだ間もなかった頃であった。

茶店に現れた松本隆はまだ慶応高校三年生だった。
松本隆はバーンズというバンドのドラムを務めていて、バンドのベーシストが辞めるので代わりのベーシストとして参加して欲しいと言った。
ただし、オーディションをすると言い、年下からオーディションされることに 細野晴臣 はムッとしたらしい。
オーディション時の曲はジミ・ヘンドリックスのFireとPurple Haze。
細野晴臣はFireとPurple Hazeを聴きこみ、完璧にコピーした。
オーディションには一発で合格した。

バーンズを経て細野晴臣松本隆エイプリル・フールとなるバンドに加入し、1969年にプロデビューした。
エイプリル・フールのヴォーカルは小坂忠だった。

1969年7月にはヴァレンタイン・ブルー を結成。
エイプリル・フールは1969年3月に結成され、9月にアルバム APRYL FOOL をリリースした。
エイプリル・フールはアルバム発売前にはすでにバンド解散を決めていて、10月に解散した。
まだエイプリル・フールが解散する前にヴァレンタイン・ブルーは結成された。
1969年10月28日、ヴァレンタイン・ブルーはお茶の水全電通会館ホールのコンサート企画 ロックはバリケードをめざす に出演した。
ヴァレンタイン・ブルーのデビュー・ライブとなった。
1970年3月にはヴァレンタイン・ブルーは はっぴいえんど と改名した。
タイミング的には はっぴいえんど のファースト・アルバムのレコーディングがはじまる少し前だった。

はっぴいえんど では松本隆が書いた詞に、後で曲が作られた。
いわゆる詞先。
その後、松本隆は歌謡曲で先に作られた曲に歌詞をつけるようになるが、はじめて筒美京平から先に譜面を渡された時はびっくりしたという。

アルバム
はっぴいえんど

1970年8月リリース。
通称 ゆでめん。
レコーディングは1970年4月9日から12日の深夜まで行われた。
アルバムジャケットのイラストは林静一による。
録音は2chのレコーダーで行われた。
ちなみに 風街ろまん では8ch、HAPPY END では16chのレコーダーが使用された。

春よ来い、かくれんぼ、12月の雨の日、朝 
作詞 松本隆
作曲 大瀧詠一

しんしんしん、敵タナトスを想起せよ!、 あやか市の動物園、はっぴいえんど、続はっぴーいいえーんど
作詞 松本隆
作曲 細野晴臣

飛べない空
作詞・作曲 細野晴

いらいら 
作詞・作曲 大瀧詠一

春よ来い
作詞 松本隆
作曲 大瀧詠一

はっぴいえんどの曲として2番目に書かれた曲。

かくれんぼ
作詞 松本隆
作曲 大瀧詠一

はじめは 足跡 という詞が松本隆によって書かれ、曲がついてから ちっちゃな田舎のコーヒー店 という詞に変えられた。
そこから少し詞が変えられたのがこの かくれんぼ。

12月の雨の日
作詞 松本隆
作曲 大瀧詠一
 

はっぴいえんど の曲として一番最初に書かれた曲。
松本隆の詞が先に書かれ、それに曲が書かれた。
この歌詞は11月30日に書かれた。
その日付が確認されたのは2000年に代になってから。
曲が書かれ、細野晴臣がギターで弾いて歌い、それを聴きながら鈴木茂がアンプなしで自らのエルキ・ギターを弾いた。
鈴木茂が弾いたフレーズはレコーディングでもそのまま使用されることになる。
大瀧詠一が書いた曲だが、大瀧詠一が不在だった時で、会合にははじめて鈴木茂が参加した時だった。

しんしんしん
作詞 松本隆
作曲 細野晴臣

ライヴでは大瀧詠一が歌っていた。

はっぴいえんど
作詞 松本隆
作曲 細野晴臣

ヴォーカルは大瀧詠一

2004年のボックスセット はっぴいえんどBOXではシングル 12月の雨の日 、はいからはくち 、ボツになった 12月の雨の日 、はいからはくち もゆでめん、風街ろまんのボーナストラックとして収録された。

シングル
12月の雨の日 / はいからはくち

1971年1月リリース。
12月の雨の日はアルバム はっぴいえんど、はいからはくち  はアルバム 風街ろまんの収録曲だが、いずれもアルバムとは異なるシングル・ヴァージョン。
12月の雨の日は新たに録音されたもので、はいからはくちは(当時の)新曲。
はいからはくち はアルバム 風街ろまん で再録された。

12月の雨の日 、はいからはくち はURLでシングル用に4トラックで録音されたがボツとなった。
その後、キングレコードのスタジオで録り直しされて、キングレコードからシングルとしてリリースされた。
ボツになった はいからはくち はベストアルバム CITYに収録された。

はいからはくち 4トラックバージョン
作詞 松本隆
作曲 大瀧詠一
 

アルバム
風街ろまん

1971年11月リリース。
プロデュースは はっぴいえんど

抱きしめたい、空色のくれよん、はいからはくち、春らんまん、愛餓を 

作詞 松本隆
作曲 大瀧詠一

風をあつめて、暗闇坂むささび変化、夏なんです、あしたてんきになあれ

作詞 松本隆
作曲 細野晴臣

はいから・びゅーちふる は 作詞・作曲 多羅尾伴内、颱風は作詞・作曲 大瀧詠一

ゆでめんの楽曲はすべて大瀧詠一細野晴臣が書いていたが、風街ろまんでは 花いちもんめ で鈴木茂が作曲。
鈴木茂の作曲家としてのデビュー曲となった。

大瀧詠一の曲は 春らんまん と 颱風 を除いて近藤むさし(梅津達男の変名。)の録音で仕上げられていた。
その後、吉野金次 がエンジニアとして参加して 風街ろまん の細野晴臣の曲のレコーディングがはじまった。

抱きしめたい
作詞 松本隆
作曲 大瀧詠一

空色のくれよん
作詞 松本隆
作曲 大瀧詠一

この曲に鈴木茂は参加していない。
駒沢裕城のペダル・スティールが全面的に参加した。

風をあつめて
作詞 松本隆
作曲 細野晴臣
 

はっぴいえんど の ゆでめん のレコーディングでは 手紙 として録音されていた曲。
この時に 風をあつめて という言葉はすでに使用されていた。
手紙は カッティング数日前に ゆでめん のマスターテープからカットされた。
その後、手紙 は2000年のHOSONO BOX、2004年のはっぴいえんど BOXで聴くことができるようになった。
手紙 は詞曲とも 風街ろまん で書き直されて 風をあつめて となった。

細野晴臣は録音の直前までスタジオで 風をあつめて を作曲していた。
そのためか大瀧詠一鈴木茂は不参加。
細野晴臣がボーカル、ベース、アコースティック・ギター、オルガンを担当。
そして松本隆がドラムを担当した。
風をあつめて は1973年のベスト盤 CITY に収録されたし、1985年のALL TOGETHER NOWでも、風街レジェンド2015でも、風街オデッセイ2021でも歌われた はっぴいえんど の代表曲のひとつになった。
細野晴臣のオールタイムのベスト盤では必ず選曲されているし。

2003年にはソフィア・コッポラ監督による映画 ロスト・イン・トランスレーションで使用された。
ロスト・イン・トランスレーションのサントラにも収録された。
ケヴィン・シールズマイブラ、エール、デス・イン・ヴェガスなどにまじって はっぴいえんど
ロスト・イン・トランスレーションは映画のなかで使用されたか、サントラに収録されなかった曲もある。
個人的には日本の曲ももっと使用して欲しかったな。
風をあつめて 1曲じゃさみしすぎる…。
風をあつめて が選ばれたのは、アルバムのプロデューサーであるエールのブライアン・レイツェルがツアー先でいっしょになったことがあるコーネリアス小山田圭吾)やコーネリアスでギターを弾いていた大橋伸之からサントラにあう日本の曲を教えてもらったそう。
その中から 風をあつめて がブライアン・レイツェルとソフィア・コッポラが気に入った曲、ということらしい。

はいからはくち アルバム・ヴァージョン
作詞 松本隆
作曲 大瀧詠一
 

花いちもんめ
作詞 松本隆
作曲 鈴木茂

シングル
花いちもんめ

1971年12月に発売されたシングル。
A面に花いちもんめ 、B面に 夏なんです を収録。
同日、大瀧詠一のシングル 恋の汽車ポッポ / それはぼくじゃないよが発売された。

1972年5月6日には第2回春一番コンサートに出演した。
この日の音源は同年8月には風都市が 1972春一番BOX が非売品10枚組LPとして制作し、関係者に配布された。
限定で100セットといわれている。
2006年には 1972春一番 として10CDボックス仕様で発売された。
10枚組LPから盤おこししてリマスタリングされたCD。
はっぴいえんど はこの日演奏したのは2曲。 
びんぼう 、はいからはくち で、その2曲が1972春一番に収録された。
ボックスセット はっぴいえんどBOXのディスク7に2曲とも収録された。

1972年6月には細野晴臣は狭山・アメリカ村に引っ越しした。
また、 はっぴいえんど は解散すること、最後にツアーをやることに決めていた。

大瀧詠一はソロ・アルバムのレコーディングのためのリハーサルをしていて、高田渡は三浦光紀からアメリカに行くことを話し、いっしょに行かないかと誘われた。
大瀧詠一はっぴいえんどのメンバー3人も誘った。
三浦光紀はアメリカに行くなら はっぴいえんど のアルバムをレコーディングしないか、と話した。
制作費をキングレコードが持つ、ということでアメリカでのレコーディングが決まったらしい。
大瀧詠一細野晴臣鈴木茂アメリカに赴いてアルバムをレコーディングすることに同意したが、松本隆は解散するグループのレコーディングに当初は抵抗した。
結局、松本隆鈴木茂の作品以外には歌詞を提供しない、ドラムに専念する、という条件でアメリカ行きに同意することとなった。

8月に はっぴいえんど長崎市公会堂で行われた大震祭Vol.3に出演した。
このライヴでは どろんこまつり も演奏している。
この日のライヴ音源全曲は、ボックスセット はっぴいえんどBOX のディスク7に収録されている。

 はっぴいえんど は1972年8月いっぱいまで各地でコンサートを行った。
これで はっぴいえんど の4人のライヴは最後になるはずだった。
同年11月には はっぴいえんど として松本隆抜きで行ったライヴがあるけど。
その時は林立夫がドラムだった。

1972年10月4日に はっぴいえんど のメンバーはアメリカ、ロサンゼルスへ向かった。
ロサンゼルスのサンセット・サウンド・レコーダーズにてアルバムを録音。
日本へは10月25日に帰国した。

11月には松本隆の 風のくわるてつと が出版された。詞、エッセイ、短編小説などが収められた。

11月25日には大瀧詠一のファースト・アルバム 大瀧詠一 が発売された。

この時期には細野晴臣のファースト・アルバムのレコーディングの話が進み、スタジオでなくて細野晴臣の自宅で録音する、と決まった。
録音機材も手配され、その機材も揃っていた。
また、小坂忠のバックバンドだった フォージョーハーフが解散し、林立夫細野晴臣鈴木茂松任谷正隆とバンドを組むことにする。
まだこの時にはバンドに名前はなかった。
まず翌年に細野晴臣のファースト・アルバム のレコーディングをすることになる。

1972年12月31日、はっぴいえんどは正式に解散した。

アルバム
HAPPY END

1973年2月リリース。
全9曲収録。
プロデュースははっぴいえんど
さよならアメリカ さよならニッポン のみプロデュースは はっぴいえんどヴァン・ダイク・パークス

風来坊
作詞・作曲 細野晴臣

相合傘
作詞・作曲 細野晴臣

無風状態
作詞・作曲 細野晴臣
オウム inspiration by 松本隆

氷雨月のスケッチ
作詞 松本隆
作曲 鈴木茂


  
氷雨月のスケッチのヴォーカルは鈴木茂だが、サビでのヴォーカルは大滝詠一

明日あたりはきっと春、さよなら通り3番地
作詞 松本隆
作曲 鈴木茂

田舎道、  外はいい天気
作詞 松本隆 
作曲 大瀧詠一

さよならアメリカ さよならニッポン
作詞 はっぴいえんど 
作曲 はっぴいえんどVAN DYKE PARKS

1972年10月、はっぴいえんどのロサンゼルスのサンセット・サウンド・レコーダーズでのレコーディングはおよそ2週間行われた。
鈴木茂以外の細野晴臣大瀧詠一は曲の用意をしていなかったよう。
細野晴臣はまだレコーディング前のソロ・アルバム用の曲が使用できたが、大瀧詠一はソロ・アルバムのレコーディングが終わったばかりで、曲はまったく用意できてなかった。
松本隆はこのレコーディングで「鈴木茂の曲以外の歌詞は書かない」としていたが、アメリカに着いてから大瀧詠一 が「松本、話がある」と。
大瀧詠一が泣きついたので、松本隆は国際電話でマネージャーから発売前の 風のくわるてつと で使われていない詞を聞き取って、大瀧詠一 の曲の歌詞として使用した。

このアルバム HAPPY END のレコーディング費用は当初の想定より嵩んだらしい。
また、現地では細野晴臣のベースが盗まれたりしたことがあったという。

アメリカでのはっぴいえんどのメンバーは、それぞれ暇さえあればレコードを買っていたという。

相合傘 は細野晴臣がソロ・アルバムのために用意していた作品。
アルバム HAPPY END で発表されたが、細野晴臣のファースト・アルバム HOSONO HAUSEのラストにはさわりの部分だけが演奏されてフェイドアウトするかたちで収録された。

外はいい天気だよ が正式なタイトルだったが、印刷ミスで 外はいい天気 となったらしい。

シングル
さよならアメリカ さよならニッポン

アルバム HAPPY END と同時にリリースされたシングル。
A面にさよならアメリカ さよならニッポン、B面に 無風状態 を収録。

1973年9月21日、はっぴいえんど ラスト・ライブ CITY Last Time Around が東京・文京公会堂で行われた。
司会は かまやつひろし
エンジニアの吉野金次がPAと録音を兼任していた。
この日は3部構成で、第1部は はっぴいえんど のメンバーがそれぞれプロデュースした風都市所属アーティストのお披露目として、南佳孝吉田美奈子西岡恭蔵、ココナツ・バンクが出演。
第2部は シュガーベイブと小宮やすゆうをコーラスに迎えた大滝詠一とココナツ・バンク、松本隆のバンド ムーンライダース(いわゆるオリジナル・ムーンライダーズ)、細野晴臣鈴木茂林立夫松任谷正隆によるキャラメル・ママの演奏。
第3部は、はっぴいえんど のラスト・ライヴ。
当時は はちみつぱい に在籍していた 鈴木慶一がピアノで参加した。

もともとは、ココナツ・バンク、ムーンライダースキャラメル・ママが出演する合同ライヴとして企画されたが、せっかく4人そろうから はっぴいえんど もやろうとなったらしい。
この日の南佳孝吉田美奈子ムーンライダース、ココナツ・バンクの演奏は、ライブ!! はっぴいえんど リリースと同日に 1973.9.21 SHOW BOAT 素晴しき船出 として発売された。

はっぴいえんど
はっぴいえんど ラスト・ライブ 
CITY Last Time Around 
1973年9月21日
東京・文京公会堂

1. 田舎道
2. 氷雨月のスケッチ
3. 夏なんです
4. はいからはくち
5. 12月の雨の日

アンコール
6. かくれんぼ
7. 抱きしめたい
8. 春よ来い

ベスト盤
CITY 

1973年9月リリース。
全12曲収録。
アルバム はっぴいえんど、風街ろまん、HAPPY ENDからの収録曲に、シングル・ヴァージョン録音時にボツとなった はいからはくち そして かくれんぼ の第3回全日本フォークジャンボリー でのライヴ演奏を収録。

はいからはくち はシングルのためにレコーディングしたが、ボツになったヴァージョン。
小坂忠がコーラスで参加した。

ライヴ・アルバム
ライブ!! はっぴいえんど

1974年1月リリース。
前年9月に行われた解散記念コンサート CITY-Last Time Aroundでのライヴを収録。
全11曲。
はっぴいえんど 以外にも 大瀧詠一とココナツ・バンク、西岡恭蔵 のライヴ音源がそれぞれ2曲ずつ収録された。

抱きしめたい は録音テープが交換出来なかったため、途中からフェイドインではじまっている。

ベスト盤
SINGLES

1974年6月リリース。
当時はLP盤だったわけだが、A面は 大瀧詠一(4曲)と細野晴臣(2曲)のそれぞれのソロ曲が収録され、B面に はっぴいえんど の曲が収録された。
B面の はっぴいえんど はシングル3枚のA面B面が収められた。
12月の雨の日、はいからはくち はそれぞれシングル・ヴァージョンを収録。

1985年6月15日、国立競技場で国際青年年記念 ALL TOGETHER NOWが開催された。
吉田拓郎オフコースアルフィーサザンオールスターズ佐野元春さだまさしチェッカーズ、他にももっと演奏した大規模なジョイントコンサート。
当時はバンド・エイドUSAフォー・アフリカのあとだったから、その影響で開催された日本版コンサートだったと思う。
この日は はっぴいえんど が再結成され、ヴォーカルが松任谷由実で演奏陣がサディスティック・ミカ・バンドからなる、サディスティック・ユーミン・バンドが出演した。
サディスティック・ユーミン・バンドには坂本龍一もシンセで参加した。
サディスティック・ユーミン・バンドは、ミカ・バンドの曲は タイムマシンにお願い だけで、それぞれの曲をメドレーで演奏したり、発売したばかりだった 今だから 演奏時には小田和正財津和夫が参加した。
松任谷由実小田和正財津和夫による 今だから は2023年12月発売の 松任谷由実ユーミン乾杯!!  松任谷由実50周年記念コラボベストアルバム でついに!初CD化された。

ちなみにALL TOGETHER NOWのチーフ・プロデューサーだったニッポン放送亀渕昭信は出演アーティストを集めていて、そのひとりとして大滝詠一に出演してもらおう、と大滝詠一の自宅まで行ったらしい。
大滝詠一は 当分ライブはやりたくない として断った。
大滝詠一はその夜には自宅のスタジオを掃除していて、はっぴいえんど のカセットテープを見つけた。
テープを聴いてから松本隆に久しぶりに電話して…そして 細野晴臣と電話したり会ったりして、はっぴいえんど としてALL TOGETHER NOWに出演しよう、となったらしい。
大瀧詠一細野晴臣松本隆の三人で話した翌日には鈴木茂がたまたま松本隆に電話してきた。
松本隆は前日の話を伝えたところ、鈴木茂も賛成した。

はっぴいえんど
国際青年年記念 ALL TOGETHER NOW
国立競技場
1985年6月15日

1. 12月の雨の日
2. 風をあつめて
3. 花いちもんめ
4. さよならアメリカさよならニッポン

この日のはっぴいえんどの演奏は大滝詠一の「はっぴいえんどです」の一言からはじまった。
バックにはキーボードで福原まり、コーラスで越美晴ピチカート・ファイヴ、ワールド・スタンダード、Shi-shonenが参加した。
打ち込み、サンプラーを使用したり、松本隆はシモンズを叩いたり、とまさに80年代の はっぴいえんど
バッキングが妙にピコピコした 風をあつめて とか…。

ライヴ・アルバム
THE HAPPY END 

1985年9月リリース。
1985年6月15日国立競技場でのイベント ALL TOGETHER NOW での はっぴいえんど で演奏された全4曲を収録。
LPとカセットテープで発売された。
2004年のボックス はっぴいえんどBOX のディスク5で初めてCD化された。

ライヴ・アルバム
はっぴいえんどGREEEATEST LIVE! ON STAGE

1686年7月リリース。
ロック叛乱祭(1970年4月12日)、第3回全日本フォークジャンボリー(1971年8月7日)、加橋かつみコンサート(1971年4月14日)での はっぴいえんど のライヴ音源をまとめた一枚。

ロック叛乱祭は はっぴいえんど がアルバム ゆでめん をリリースする前。
「ヴァレンタイン・ブルーです」と紹介されて、12月の雨の日 を演奏後には大瀧詠一が 「はっぴいえんど って名前に変えたんです」 と呟いている。
はっぴいえんど演奏後には司会者から 「ヴァレンタイン・ブルー、名前を変えたんだって?今日変えたんですか?新しい名前を言って」という声も収録された。

朝 は中津川フォークジャンボリーでの演奏。
アルバム ゆでめん とは異なり、バンド・バージョンでの演奏。
はいからはくち をアルバム・バージョンで演奏。
演奏後の客席の ええど!ええど! というのは当時、高校生だった佐野史郎の声だったらしい。

ライヴ・アルバム
はっぴいえんど LIVE ON STAGE

1989年8月リリース。
全11曲収録。
第2回全日本フォークジャンボリー(1970年8月9日)、ロック・アウト・ロック・コンサート(1971年8月21日)、加橋かつみコンサート(1971年4月14日)、第3回全日本フォーク・ジャンボリー(1971年8月7日)での演奏を収録。

ももんが は 暗闇坂むささび変化 の原型。
この時は歌詞が違う…。

2009年には演奏曲が追加され、リマスタリングされてリリースされた。
全18曲収録となった。
第2回フォークジャンボリーからは、朝、春よ来い が、ロック・アウト・ロック・コンサートからは はいからはくち が、加橋かつみコンサート からは12月の雨の日、はいからはくち が、第3回全日本フォークジャンボリーからは 12月の雨の日、かくれんぼ が追加された。

ロック・アウト・ロック・コンサートの模様はボックスセット はっぴいえんどBOXにも未収録。

CD-BOX
はっぴいえんど

1993年5月に発売されたCD4枚組。
アルバム はっぴいえんど、風街ろまん 、 HAPPY END、ライヴ!!はっぴいえんど の4枚のCDにライナーノーツが付いたCD-BOX。
風街ろまん、 HAPPY END の2枚は、吉野金次によりリミックスされていた。
個人的には発売された当時、CD店でボックス はっぴいえんど を手に取ろうとしたが、その2枚のリミックスというのを見てボックスを手に取ろうとする気にもならなかった理由だったと思う。
その4枚組のボックスは結局、買わずじまい。
買っとけばよかったのだろうか?
いや、でもこの時期はほとんど はっぴいえんど に興味持てなかったしな…。

リミックスされた風街ろまん と HAPPY END は物議があったとも聞く。
個人的には はっぴいえんど の各アルバムを単品のCDで購入したのは、ちょうど時期的に あしたてんきになあれ がCDシングル化された1999年の終わり頃だったと思う。
20世紀の終わりにはじめて はっぴいえんど のアルバムを聴いたんだよな。

2002年5月には HAPPY END PARADE〜tribute to はっぴいえんど〜 が発売された。
様々なアーティストが はっぴいえんど をカヴァーしたもの。
CD2枚組に全20曲を収録。
青山陽一 featuring 鈴木茂 の 花いちもんめ、キセル meets HARRY(細野晴臣)の しんしんしん 、航空電子 の春よこい くらいかな、聴いたの。

ボックスセット
はっぴいえんどBOX 

2004年3月、発売。
はっぴいえんどが公式にリリースした全音源を収録したCD8枚組+BOOK2冊のボックスセット。
個人的にはレコファン西武新宿ぺぺ店(2010年に閉店した。)で購入した。

はっぴいえんどBOXの内訳は、

はっぴいえんど
・風街ろまん
・HAPPY END
・ライブ!! はっぴいえんど
・THE HAPPY END ←初CD化。ただし、LP版には収録されていた吉田拓郎はっぴいえんどメンバーとのやりとりはカットされた。
はっぴいえんど ライヴ・ヒストリー〜レアリティーズ〜VOL.1
はっぴいえんど ライヴ・ヒストリー〜レアリティーズ〜VOL.2
・WITH はっぴいえんど バッキング音源集 ←メンバーがバッキングでレコーディング参加した音源。

・BOOK1 はっぴいえんどBOOK
・BOOK2 復刻版 CITY はっぴいえんどソングブック

はっぴいえんどBOOKにははっぴいえんどの各メンバーのインタビュー、ディレクター、エンジニア、デザイナー/漫画家など関係者のインタビュー、詩集(ちぎれ雲、手紙も載っている!どろんこまつり はなかった…。)、年表(1972年まで)などが載っている。
192ページ。

1973年に刊行された楽譜集 CITY はっぴいえんど楽譜集が復刻されて付属した。
 
各CDは紙ジャケット化されていた。
アルバム ゆでめん、風街ろまん にはボーナス・トラック が収録された。
はっぴいえんどの公式音源化された音源は全曲収録された。
2004年の発売時期的にはCCCDが出回っていた時期だったが、おそらくCCCD化を回避するためか、はっぴいえんどBOXの全ディスクはCD-EXTRA仕様で写真や資料が収録された。
CD8枚とはっぴいえんどBOOKがボックスに収容され、そのボックスと復刻版 楽譜集 CITY はっぴいえんど楽譜集をブリスターパッケージで収めた形で売られた。
このパッケージ、個人的には部屋にきれいに整理・整頓する余裕がなかったため少しダメージがある…。
 
ディスク6
ULTIMATE LIVE HISTORY VOL.1 1970-1971

全17曲収録。
ゆでめん リリース前のライヴからアルバム 風街ろまん リリース前のライヴ音源をまとめたもの。
抱きしめたい と はいからはくち はリリース前に演奏していたライヴ音源となる。
はいからはくち はアルバム・ヴァージョンのライヴ演奏。
あやかしのどうぶつえん、しんしんしん はオリジナルと違い、大瀧詠一がヴォーカル。
雨あがりのビル街 は遠藤賢司のカヴァー。
オリジナルでは大瀧詠一以外のメンバーが参加していた。

ディスク7
ULTIMATE LIVE HISTORY VOL.2 1972

全19曲を収録。
1972年4月22日、日本武道館で行われたフォークオールスター夢の競演 音溺大歌合でのはっぴいえんどのライヴ演奏。
当日は5曲が演奏され、その全曲を収録。
ベースは野地義行で、細野晴臣はピアノとギターを演奏した。
それはぼくじゃないよ は大瀧詠一のソロ・アルバムから。
それはぼくじゃないよ と 空いろのくれよん はドラムレスで演奏された。

1972年8月5日の長崎市公会堂、大震祭 VOL.3は演奏された全9曲が収録された。
小坂忠に提供した曲がどろんこまつり が演奏され、ヴォーカルは細野晴臣が担当した。
未発表曲のちぎれ雲も演奏された。
ちぎれ雲の歌詞は 松本隆の 風のくわるてつと にも
載っていた。

はっぴいえんど
ちぎれ雲
作詞 松本隆
作曲 鈴木茂

19曲目にはボーナス・トラックとして、1970年1月13日、都市センターホールにて行われたIFC前夜祭でのバッファロー・スプリングフィールドのカヴァー、BLUEBIRDが収録された。
まだ はっぴいえんど ではなくてヴァレンタイン・ブルーの時の演奏。

ディスク8
WITH はっぴいえんど ~バッキング音源集~

選曲・監修 佐野史郎
はっぴいえんどが他アーティストのバック演奏を担当した曲を集めたCD。

2013年12月30日、大滝詠一が亡くなった。
個人的な記憶では、この年の12月30・31日はコミケに行っていた。
帰りのバスでラジオを聞いていて、そこで大滝詠一が亡くなったニュースを知った。

ところで、今年もすでに様々なミュージシャンが亡くなったけど、亡くなってから少し経ってからニュースになったと思う。
大滝詠一のときは亡くなった翌日にはニュースになったけど、今年亡くなったミュージシャンは数日とか1週間くらい経ってからニュースになったと思う。
どうしてだろう?
高橋幸宏、鮎川誠、ハイスタの恒岡章ムーンライダーズ岡田徹sumikaの黒田隼之介、有賀啓雄坂本龍一、新美俊宏、PANTAデルジベットのISSAY、G.I.S.M.の横山SAKEVI、谷村新司もんたよしのりBUCK-TICK櫻井敦司、HEATH、大橋純子、KAN。
多すぎる…。

2014年にはボックスセット はっぴいえんどスターピースが発売された。
アルバム はっぴいえんど と風街ろまん の2枚のアナログ盤に、それぞれ新たにリマスターされたCD。
さらにこのボックスでは ハイレゾ音源のダウンロードもできた。
ただし、ダウンロード音源はダウンロード期限が2017年12月25日までとなっていた。
アナログ盤サイズの はっぴいえんど資料集(36ページ)と松本隆作詞ノートのレプリカ(48ページ)が付属した。

2015年6月24日、CD 松本隆 作詞活動四十五周年トリビュート 風街であひませう が発売された。
プロデュースはLITTLE CREATURES鈴木正人
完全生産限定盤はハードカバー書籍仕様のCD2枚組。
書籍は100ページ以上に及ぶ読み物で構成されている。
CD1には松本隆が作詞を手掛けた楽曲10曲のカヴァー曲(2曲目の水中メガネはスピッツ草野マサムネが作曲した。そして草野マサムネ自身がセルフカヴァーした。)に、11曲目にスペシャルトラックとして、細野晴臣の 驟雨の街 が収録された。

細野晴臣
驟雨の街
作詞 松本隆
作曲 細野晴臣

CD2は歌詞の朗読集で、松本隆の作詞曲を斉藤由貴薬師丸ひろ子小泉今日子有村架純リリー・フランキー斎藤工加瀬亮山田孝之中川翔子夏帆松本隆がそれぞれ朗読した。
松本隆は 風をあつめて を朗読した。
通常盤は完全生産限定盤のCD1のみ。

細野晴臣の 驟雨の街 は未発表曲。
はっぴいえんど解散後、細野晴臣はコンサートのために松本隆に詞を依頼して、細野晴臣はそれに曲をつけた。
驟雨の街 はそのコンサートで演奏されたらしいが、アルバム HOSONO HOUSEには収録されなかった。
2014年に驟雨の街のデモテープが発見された。
そのデモテープを聴いた細野晴臣はメロディーを作り直し、松本隆も詞を書き直した。
当時とはほとんどの歌詞が違っているという。
レコーディングでは松本隆がドラムを、鈴木茂がギターを担当した。

2021年7月には松本隆 作詞活動四十五周年トリビュート 風街であひませう がアナログ盤で再発された。
完全生産限定盤のCD1の内容がアナログ盤2枚組化された。

2015年8月21日・22日風街レジェンド2015。
松本隆 作詞活動45周年記念オフィシャル・プロジェクト 風街レジェンド2015 は東京国際フォーラム ホールAにて行われた。
コンサート冒頭から 細野晴臣鈴木茂松本隆の3人で はっぴいえんど  として登場した。
夏なんです、花いちもんめ を演奏した。
3曲目の はいからはくち ではヴォーカルとして佐野元春が歌った。
はっぴいえんどは3曲目のあとに退場した。

アンコールになってはっぴいえんどは再び登場した。
そして驟雨の街、風をあつめて の2曲を演奏した。
この日出演した全員が登壇して 風をあつめて を歌った。

はっぴいえんど
松本隆作詞活動45周年オフィシャル・プロジェクト風街レジェンド 2015
2015年8月21日・22日
東京国際フォーラム ホールA。

1. 夏なんです 
2. 花いちもんめ
3. はいからはくち
4. 驟雨の街 ←アンコール時にはっぴいえんどは再登場。
5. 風をあつめて

風街レジェンド2015は、2021年12月にBlu-ray Discで発売された。

はっぴいえんどの未発表曲だった、ちぎれ雲。
2021年にちぎれ雲 は鈴木茂小原礼林立夫松任谷正隆の4人のバンド SKYEのデビュー・アルバム SKYE に収録された。
はっぴいえんどでは ロックな感じだった ちぎれ雲 はメロディ・アレンジとも変えられた。
なお、鈴木茂小原礼林立夫松任谷正隆はいずれも1951年生まれの同学年。
SKYEは元々、鈴木茂小原礼林立夫の三人が高校生のときに組んでいたアマチュアバンド。
鈴木茂はっぴいえんど加入によって消滅していた。
佐野史郎小原礼はすでに顔見知りだった。
小原礼奥田民生のツアーの飲み会、佐野史郎篠原勝之が小説で泉鏡花文学賞を受賞して金沢で行われた授賞式のあとの飲み会、でたまたまふたりはばったり会った。
その時に小原礼は「なんか一緒にやろうよ」と言った。
佐野史郎はその時には社交辞令的にその言葉を受け取ったが、2017年に佐野史郎がライブハウスでライヴを行うことがオファーされたが、ベースがいなかったことで小原礼の言葉を思い出して連絡してみた。
すると小原礼は、ドラムは林立夫でギターは鈴木茂で、と言ったらしい。
2017年8月30日、佐野史郎鈴木茂小原礼林立夫というメンバーでライブが行われた。
その翌年にもライヴが行われた。
それを観ていたプロデューサーが、佐野史郎鈴木茂小原礼林立夫でレコーディングすることを誘った。
レコーディングが行われるうちにキーボードが必要となり、林立夫松任谷正隆に電話した。
ちなみに松任谷正隆がフォー・ジョー・ハーフやキャラメル・ママに加入したときも林立夫が誘って松任谷正隆がメンバーになっていた。
佐野史郎のレコーディングの後に松任谷正隆はキーボードを入れたという。
こうして佐野史郎 meets SKYE with 松任谷正隆によるアルバム 禁断の果実 が完成した。
アルバム リリース時には松任谷正隆がSKYEに正式に加入することになった。
2021年にはSKYEのデビュー・アルバム SKYE がリリースされた。
2023年7月には 佐野史郎 meets SKYE としてアルバム ALBUM がリリースされた。

SKYE
ちぎれ雲
松本隆作詞 
作曲 鈴木茂

2021年11月5日・6日。
松本隆の作詞活動50周年記念コンサート 松本隆 作詞活動50周年記念 オフィシャル・プロジェクト! 風街オデッセイ2021 が日本武道館で開催された。
音楽監督井上鑑(キーボード)。

松本隆の作詞活動50周年を記念したトリビュートアルバム 風街に連れてって! でB'zは桑名正博の セクシャルバイオレットNo.1をカヴァーしていた。
トリビュートアルバム 風街に連れてって! 全曲でプロデュースと編曲は亀田誠治が務めた。
風街オデッセイ2021 では亀田誠治 feat.B'z として セクシャルバイオレットNo.1 を演奏した。
亀田誠治横山剣CRAZY KEN BAND)と 寺尾聰ルビーの指環、川崎鷹也と 大滝詠一君は天然色 も披露していた。
この2曲もトリビュートアルバム 風街に連れてって!に収録されていた。

アンコールでは細野晴臣鈴木茂松本隆はっぴいえんど として登場した。
1972年4月22日に、フォーク・オールスター夢の競演 音搦大歌合 で はっぴいえんど日本武道館でライヴを行った。
野地義行がベース、細野晴臣はギターとピアノを担当した。
それから49年ぶりに武道館に登壇したことになる。
鈴木茂が「こんばんは。はっぴいえんどです!」と挨拶して花いちもんめ を演奏。
そして曽我部恵一をヴォーカルに 12月の雨の日 、最後は 風をあつめて を演奏した。
風をあつめて では細野晴臣アコースティックギターを弾いて歌い、鈴木茂がベース(!)を担当した。
風をあつめて 演奏前に鈴木茂は、人前でベースを弾くのははじめて、と一言していた。
バックはキーボードに井上鑑鈴木慶一アコースティック・ギター吉川忠英

終演後に松本隆は、ビートルズが来日公演を行ったときには客席で観たが、「それから50年。あそこ(客席)からここまで(ステージ)に来るまで50年かかった」と語っていた。

2日目もアンコールで はっぴいえんど が登壇し、前日と同じ3曲が披露された。
この日の 12月の雨の日 は鈴木慶一がヴォーカルを務めた。

 2023年11月1日にはアルバム はっぴいえんど、風街ろまん、HAPPY ENDが新たにリマスターされてそれぞれリリースされた。
それぞれの初回生産限定盤には、ボーナストラックとして未発表音源が収録され、新規ライナー掲載のブックレットが付属した。 
新規ライナーは約60Pに及ぶ。
それぞれのアルバムに追加収録された曲は以下の通り。

はっぴいえんど

かくれんぼ (歌入れ最終ダビング Take1) 
12月の雨の日 (最終ダビング Take2) 

・風街ろまん

はいからはくち (完パケ Take1) 
颱風 (Full Size)

・HAPPY END

風来坊 (吉野金次MIX) 
田舎道 (吉野金次MIX) 

2023年のレコードの日、11月3日にはアルバム はっぴいえんど、風街ろまん、HAPPY ENDがアナログ盤で発売された。
オリジナルマスターから最新カッティング、国内プレスでのリリース。
はっぴいえんど はクリアレッド盤、 風街ろまん は透明クリア盤と、それぞれカラーレコード盤でリリースされた。
HAPPY END は発売50周年記念として重量盤レコードで発売された。