米津玄師 について

というか。
前回のボーマスの話ってただの前振り。

さて、米津玄師の出たばかりのアルバムがミリオンセラーだという。
90年代はそれなりの数が出たミリオンセラー・アルバムだが、最近はそんな話もなかなか聞かない。

前回書いたボーマスで手に入れた数百枚のアルバムの中にその米津玄師、すなわちハチのCDも三枚含まれている。
さらに二冊の同人誌とDVD1点を入手している。
つまり私は5、6回ほどは米津玄師と相対していたわけだ。
握手などはしなかったと記憶しているが(当然ハグも)、彼の数十センチほどその身の近くにいたはずだ。
えへん。
結局、米津自身はボーマスを約1年ほどで卒業している。
そしてボーカロイドによる歌唱ではなく、自らの歌唱で成功していくわけだ。

ついでに覚えていることを記しておく。
はじめてのCD「花束と水葬」のとき。
当時、ハチの「花束と水葬」は手に入れるリストには入っていたものの、開場から2~30分ほどですでにハチのCDを買う人々によって長蛇の列が出来ていた。
まあ、たまにこのような列が出来ていても慌てることはない。
列がハケてからゆっくりと入手すればいいだろう、と考えていた。
だいたいそれまでのボーマスではそうしてCDを手に入れてきたのだ。
ところが、列はまったくなくなることがなく、「花束と水葬」はその日は完売してしまった。
その次のボーマスでなんとか手にすることが出来たけど。
ついでに「OFFICIAL ORANGE」のときも同様の状態で当日には手に出来なかった。

今思えばあのハチ、すなわち米津の人気は当時からすごかった。
ボーマスでは当日入手できないほど人気のCDはあまりなかったはず。
ゆよゆっぺ(この人もいまスゴい人であろう)のCDをラス1で手に入れたことはあったけど。
あと、古川Pすなわち古川本舗も完売していた。
もちろん他にも完売したとかいろいろいたろうけど、ハチのときは最速で完売するほどの人気だったのではなかろうか。

だけどさあ、問題は個人的な話だけど、その本質的にスゴさとかわからなかったことだよなあ。
ハチの時にすでに才能とかそういうのを多くの人々は感じていただろうけど。

ここで私も才能とかそういうのを感じていれば、もっとここでえへん、とか言えたのだろうが、残念ながらそういうのはない。

もっといえば米津玄師のミリオンセラーというのは私にとっては「はあー?」な話な訳で。
米津玄師の作品は時々耳にしていたけれどそこまでのセールスを挙げるほどスゴいとか思っていなかった。
いまもよく分かっていない。
Loserがかっこいい曲だな、と思ったくらいだ。
逆にLemonとか良さが全然わからない。
他も同様。

つまり、ここに記したのは「私は分かっていた、米津玄師のスゴさを」とかいう話ではない話なのだけど。
おわり。