坂本龍一 について その4

高橋幸宏のT.E.N.Tレーベル時代のアルバム2枚と12インチシングル STAY CLOSEがアナログ・レコードで再発される。
それぞれ単品、そしてセットのT.E.N.T Years Vinyl Boxがあり、T.E.N.T Years Vinyl Boxには高橋幸宏ジャパンツアー1985 より10月22日 名古屋市民会館の公演を完全収録したCD2枚が付属する。
正直、ライブのCD2枚だけ売ってくれ!とも思うが幸宏の1985年のツアーか、別にいらなくていいかという気も。

私が好きな坂本龍一10選 という坂本龍一のHPの企画があって、著名人がそれぞれが坂本龍一の楽曲ベスト10を発表するという。
著名人が選んだ10曲にはそれぞれコメントが載せられており、例えば稲垣吾郎の選んだ10曲とかけっこう面白く読んでしまった。
先日は高橋幸宏が選んだ10曲が発表されていた。
というか幸宏のは9曲?
高橋幸宏にとってソロアルバム サラヴァ! 、音楽殺人の全曲の編曲で関わり、楽曲をいくつか提供し、YMOでは同じくメンバーであった教授。
高橋幸宏の選んだ坂本龍一10選は意外と王道だったり。
一年間にわたり全23名(予定。今のところまだ7名)がそれぞれ坂本龍一ベスト10を発表するというこの企画、意外と面白い。
それにしても10曲選んでそれぞれにコメントってスゴいな。
個人的には1曲ごとにコメントとかなかなか出来ない。
この企画、他のミュージシャンのバージョンも見てみたいなー。

坂本龍一友部正人のアルバム 誰もぼくの絵を描けないだろう にピアノで参加したことからスタジオ・ミュージシャンとして活動をはじめた。
以降、りりィのバックバンドなどを経て細野晴臣のアルバム はらいそ ではファム・ファタール~妖婦 にピアノ、シンセサイザーなどで参加した。
そして細野晴臣から高橋幸宏と共に細野宅にさそわれてYMOは結成されることに。
個人的にはYMOの結成というとおにぎりのイメージが強いのだけど。
その後、坂本龍一はデビュー・アルバム 千のナイフ をリリースした。
タイトル曲 千のナイフ、THE END OF ASIA はYMOのライブでも演奏された。
初期YMOのライブでは新日本電子的民謡 DAS NEUE JAPANISCHE ELEKTRONISCHE VOLKSLIED 、PLASTIC BAMBOOも演奏されていた。
ちなみに1978年に細野晴臣はアルバム はらいそ を発表しし、坂本龍一のアルバム 千のナイフはその半年後に発表された。
アルバム はらいそ に収録された ウォリー・ビーズ は THE END OF ASIA と同じメロディが使われている。
細野は千のナイフのライナーノーツに寄稿していて、自分と坂本は偶然、同じメロディを使ったなど記している。
後年にもラジオで二人が出演してこの同じメロディの話題に触れていた。
あと、アルバム 千のナイフ のジャケットにおける坂本のコーディネイトは高橋幸宏が務めていた。
個人的にはデビュー・アルバム 千のナイフを購入したのはかなり遅かった。
90年代の後半に Chronological Collection 1978-1981[Columbia Years]を買った。
このCD3枚組はアルバム 千のナイフの他、坂本龍一渡辺香津美による 東京ジョー と kylyn を1枚のCDに収めたもの、坂本龍一+ダンスリーのジ・エンド・オブ・エイジアが収められた。
アルバム ジ・エンド・オブ・エイジアは、岡本一郎によって結成された古楽演奏集団 ダンスリー (正式名称はダンスリールネサンス合奏団)のセカンド・アルバムでもある。

アルバム B-2 ユニット。
YMOが人気を得たことはメンバーそれぞれにとって心理的に負担になっていたらしい。
そもそもYMOは当初、アルバムごとにメンバー替えるとか考えていたらしいし。
坂本龍一は人気に霹靂しYMO脱退を考えていた。
アルファ・レコードとYMO残留の交換条件として坂本龍一が制作したのが、アルバム B-2 ユニット。
エンジニアはデニス・ボーヴェル。
ギターにはグンジョーガクレヨンの組原正、XTCのアンディ・パートリッジ、大村憲司が参加。
収録曲の Riot in Lagos はイギリスや西ドイツで12inchシングルで発売されたことも。
ちなみにB面はWarhead。
Riot in Lagos はYMOでもライブのレパートリーに加えられて1980年当時だけでなく2000年代・2010年代にもライブで演奏されている。
個人的にはアルバム B-2 UNITは大好きなアルバム。
特に Iconic Storage と Riot in Lagos が好き。

アルバム 左うでの夢。
全10曲で6曲がボーカル曲で坂本龍一自身がボーカルを担当。
糸井重里矢野顕子かしぶち哲郎が2曲ずつ作詞を手掛けている。
ロビン・スコットが共同プロデューサーのひとりとしてクレジットされているが、のちにこのアルバムから数曲、坂本龍一・ロビン・スコット名義で アレンジメント としてリリースされた。
アレンジメント ではロビン・スコットのボーカルが加えられタイトルが変更されている。

アルバム 音楽図鑑。
YMO後期から録音され、YMOのツアーやさまざまなのアーティストの作品をプロデュースなど、録音中断しつつYMOの散開後に発表されたアルバム。
レコーディングの途中ではフェアライトCMIが届いている。
音楽図鑑には TIBETAN DANCE (VERSION) を追加した完全盤、さらに きみについて を追加した完璧盤がリリースされた。
2015年にはデジタル・リマスターされ、未発表曲・バージョン違い曲を収録したCD2枚組の 音楽図鑑-2015 Edition- がリリースされた。
海外では Illustrated Musical Encyclopedia と題されてField WorkやSteppin' Into Asiaが収録された、日本盤の音楽図鑑とは収録曲が大分違うのが発売された。
1990年代に Illustrated Musical Encyclopedia をタ⚪ーレコードで購入した覚えがある。
SELF PORTRAIT が好きなんだけど、Illustrated Musical Encyclopedia には入っていない。
ちなみにSELF PORTRAIT は映画 子猫物語 でも使用された。

アルバム エスペラント
前衛舞踏家モリサ・フェンレイのパフォーマンスのための音楽。
2015年にはリマスター盤発売され紙ジャケット化。
1985年11月のモリサ・フェンレイ公演のライブ音源からADELIC PENGUINS(LIVE)と Parolibre(LIVE)が追加収録されている。
個人的にはA WONGGA DANCE SONG が好き。

アルバム 未来派野郎。
Broadway Boogie Woogie。
バーナード・ファウラーと吉田美奈子がボーカル。
映画ブレードランナーからサンプリングしたボイスが入っている。
そのせいか未来派野郎は現在でも再発されていないし、サブスクにもない。
黄土高原。
個人的には確か松岡英明がメインパーソナリティを務めたNHK-FM大阪の番組のエンディングで使われていたのをよく聴いていた。
レコーディングを見学に来ていた飯島真理が、黄土高原に歌詞をつけて 遥かな微笑み としてカヴァー。
Ballet Mécanique。
矢野顕子による作詞(ピーター・バラカン・翻訳)。
元は教授・自身が書いた岡田有希子のWONDER TRIP LOVERで、歌詞を変えている。
1999年には中谷美紀がカヴァー。
クロニック・ラヴ というタイトルで中谷美紀自身が作詞を手掛けた。
大航海。
かの香織 がボーカルと作詞(イタリア語翻訳 細川周平)。
未来派野郎ではこの曲とParolibreが好き。

アルバム メディア・バーン・ライヴ。
メディア・バーン・ライヴは坂本初のソロ・ツアーの名称でもある。
収録曲の ゴリラがバナナをくれる日 や EX-JAZZはライブではなくスタジオ音源されたもの。
このライブ盤は内容的にも発売時点では坂本龍一のベスト盤といった側面もあったと思う。
私が高校生だった頃、友達からテープにとってもらった。思えばよく聴いていた。